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歴史人口学で見た日本

速水融 (文春新書)

まあまあ(10点)
2002年11月22日
ひっちぃ

江戸時代には、宗門改帳といって誰がいつ生まれいつ死んだとか、いつ出稼ぎにいったいつ結婚したなどということを事細かく記した資料が残っているそうだ。そういう一人一人の記録からボトムアップで歴史を掴んでいく歴史人口学を、この分野で世界的に活躍している著者が説明した本。

といっても、著者自身がいいわけがましく言うように、著者が歴史人口学を研究してきたいきさつについての記述が多い。これはこれで面白い。戦後間もない頃に運良くヨーロッパに留学したものの、目論見外れやいい加減さの末にいつのまにかこの分野にたどり着いていたそうだ。人がどのように学問と出会うのか、という話は案外興味深いものだ。

学問自体の説明の方では、なんといっても宗門改帳という記録の存在が中心となっている。この資料は、その名の通りもともと人々がどの宗教を信じているかを記録したもので、江戸時代になってからキリスト教を徹底的に排除するために作られたのだという。面白いことに、ヨーロッパのキリスト教諸国でも、プロテスタントの国だろうとカソリックの国だろうと宗教を守るために教会で人々の宗派と出生や死亡を記録していたらしい。宗教が歴史に与える影響というのはつくづく大きいものだと思い知らされる。

なかでも日本の宗門改帳が世界的に優れている点というのは、ヨーロッパでは誰が生まれた誰が死んだとその時々しか記録しないそうなのだが、日本では家族単位でその人が生き続ける限り記録に残しているのだそうだ。出稼ぎや出戻りまで残っているので、農村から都市への人口の推移なんかの研究にも役立つらしい。農村単位で人口の推移が推測できるような資料は世界的にも珍しいのだそうだ。

しかし史料が残っているところと残っていないところがあったり、本籍主義だとか現住所主義などと地方によってバラバラな方式を採用していたり、調査年が飛んでいたりして、なかなか良質な史料が見つからないそうだ。多少欠陥のある史料でもそこから丹念に何らかの事実を抽出することもできるみたいなのでそこらへんは腕の見せ所なのだろう。

この本を読み終えて、さて自分にどのような教養が身についたのかと訊かれると少し困る。こういった研究分野もあるんだよ、ぐらいの印象しかない。もっと焦点をいくつか定めてくれたら分かりやすかったと思うのだが、学者の良心のせいか、あまり仰々しい書き方はしていない。

都市蟻地獄説なんていう、不衛生で病気の多い都市は実は農村から人を引き込んでは殺していく、といった説はわりと興味深かったのだが、あくまであっさりと語られるので印象としては小さくなっている。中央の史料だけでは掴みにくいことを研究するというこの分野の方法論はとても革新的だ。

それからこの分野のこれからの展望があまり前途有望には思えなかった。著者が言うには、イギリスではもう大々的に教会の史料を調べるプロジェクトが終わり、金字塔的な研究成果が出てしまい、これ以上の成果はしばらくは期待できないのだそうだ。現にイギリスではこの分野への研究費用が削減されているらしい。日本の場合も、宗門改帳から読み取れることは限られているので、さしあたっての著者の目的は九州や四国などの史料の少ない地域の研究だそうだ。あとは、近代に進むことは可能だが、過去へさかのぼってもこれ以上よい史料は残っていない。文学から当時の人口形態を研究するのは少なくともこの分野からは外れてしまう。

多分私の頭の中からもこの歴史人口学は早く忘れ去られてしまいそうな気がする。

[参考]
http://bunshun.topica.ne.jp/
search/html/6/60/20/
4166602004.html

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