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〈古典部〉シリーズ(「氷菓」など) 5巻まで

米澤穂信 (角川書店 角川文庫)

傑作(30点)
2013年4月9日
ひっちぃ

なにごとにもやる気のない折木奉太郎は、文化系の部活動が盛んな神山高校に進学したが、省エネ主義でどの部活にも入る気がなかった。かつて姉が所属していて今年は部員がゼロになって潰れてしまうはずだった古典部に籍だけ置くよう言われて入ってみると、そこには絵に描いたようなお嬢様が、その容姿とは不釣合いに大きな目を好奇心で輝かせていた。ミステリーテイストな青春小説シリーズ。

京都アニメーションが本シリーズを第一巻のタイトルである「氷菓」という題でアニメ化したのを見てそれなりに面白いと思い、これは原作の方が面白いタイプの作品だと思ったので読んでみた。

主人公の折木奉太郎は、それほど勉強はできないのに洞察力や推理力が優れており、身の回りのささいな不思議を仲間の前で次々と解き明かしてしまう。第一巻では、部で最初に出会ったお嬢様こと千反田える(とても旧家の一人娘の名前とは思えないが)が、古典部OBでインドで消息を絶った叔父の過去の謎を探ってほしいと頼んでくる。過去の文集や校内新聞を調べたり、みんなで知恵を出し合ったりして真実に近づいていく。

正直第一巻の叔父の謎は微妙だった。ちょっとした政治色というか過去に学生運動があって、それを高校生になったばかりの少年少女たちがあれこれ想像を膨らませていく。表題である「氷菓」の謎もしょうもないし。自分はアニメ版から入ったのだけど、視聴をいつやめてもいいやというぐらいの感覚だった。作者のデビュー作だっていうからしょうがないのかなあ。でも最後に分かりやすく答えが示されてきれいに終わる。

このシリーズのもう一つのテーマは、持てるものと持たざるものについて。才能があるのにそれを使わなかったり前に出て行かない人たちと、そんな彼らを見上げて複雑な思いを抱く人々。自分がこういうテーマにあまりピンとこないせいかもしれないけれど、ちょっとませすぎだと思う。っていうか、高校生なんてみんな無駄に自信にあふれている頃だと思うんだけどなあ。運動能力や学力みたいにはっきりと差が分かる尺度ならともかく、推理力とか創造力なんていくらでも自分に言い訳が出来る。

しかし第二巻「愚者のエンドロール」で軽くひっくり返される。第一巻であれだけ明察な推理力を働かせて仲間内のヒーローとなった折木奉太郎だったが、第二巻では「女帝」の二つ名を持つ先輩にいいように使われてしまう。撮影が途中で頓挫したミステリー映画製作に協力し、尻切れの脚本が最後どんな結末を迎えるはずだったのか解き明かそうとするが…。自分の能力に自信を持ち始めた折木奉太郎がいきなり鼻をへし折られる。話の展開も面白くて、いまのところシリーズ中で一番完成度が高くていい話だと思う。

第三巻「クドリャフカの順番」は、文化祭当日に起きた事件の謎を追う話。「十文字」を名乗る怪盗(?)が、いろんな部活から備品を盗んでは犯行声明を残していく。一方で古典部の面々は、うっかり刷り過ぎた文集をどうやって売りさばくかで頭を悩まし、各方面に頼んだり文化祭の色んなイベントに出て宣伝したりして奔走する。これまでの巻と違い、古典部の一人一人の視点で描かれており、キャラクターの魅力が存分に描かれている。頼みごとをしてまわるという慣れないことをやろうとするお嬢様の千反田える、漫画研究会の派閥争いに巻き込まれて針のむしろに立たされる伊原摩耶花、クイズ大会などのイベントに参加しまくって古典部と文集の宣伝をする福部里志。同じく事件を追う谷くんが出てきて、やたらと福部里志をライバル視するのだけど、一方の福部里志のほうはと言えば谷くんのことを適当にあしらったり利用したりするだけで、非対称な人間関係が描かれている。

伊原摩耶花はもともと毒舌キャラなのだけど、折木奉太郎に対しては過去のなにか事件のせいか特にバカにしまくっていて、推理力だけは買っているもののその他の特に省エネ主義というかなまけ根性にはぶっきらぼうに突っ込みをいれまくっている。これは恋愛感情の裏返しでもなんでもないところがちょっと面白い。一方で伊原摩耶花は福部里志にはっきりと恋愛感情を持っていて、しかもそれをずっと本人にぶつけまくっているのだけど、福部里志はそれをかわしつづけている。

第四巻は短編集になっている。7編も収録されていてボリュームたっぷり、はずれもなくどれも面白い。あ、ひょうたんからこまの話はそれほどでもなかったか。「やるべきことなら手短に」はお嬢様こと千反田えるの好奇心を折木奉太郎が見事な工作で別の方向に持っていって潰してしまうけれどちょっと後悔する話。「大罪を犯す」は普段温厚な千反田えるが先生に対して珍しく怒りをあらわにしたことがあって、なぜなにに対して怒ったのかを謎解き仕立ての雑談ベースで進めていく話。「正体見たり」は古典部が親戚の温泉旅館に泊りがけの合宿をする話で、幽霊らしいものを見てその謎解きをしつつ、兄弟姉妹について登場人物それぞれの視点がある。「心あたりある者は」は校内放送の謎解きをする話。「あきましておめでとう」は初詣に行って納屋に閉じ込められる話。「手作りチョコレート事件」は伊原摩耶花が福部里志のために用意したチョコレートが盗まれて犯人探しする話。「遠まわりする雛」は小さな集落の祭りに外部から呼ばれた折木奉太郎が、内部にいる千反田えるから将来の夢を打ち明けられて戸惑う話。

第五巻は古典部への入部を希望してきた浅黒くて元気な女の子が急に入部を取りやめると言い出した謎をさぐる話。学校行事のハーフマラソンの道程と絡めて回想中心の話になっている。あ、料理研究会の謎とか、店の名前の謎なんていう小ネタもあり。入部希望の女の子がものおじせずぐいぐい古典部の面々に絡んでくるのは良かったけれど、この女の子が自分の友達について真剣に悩んでいるところが唐突すぎてあまり伝わってこなかった。

読みやすくて面白く、ストーリーが楽しくてキャラクターにも魅力があって良い作品だと思う。だけど、人に勧めるのはちょっと微妙。勧める相手にヘンなメッセージが届かないか心配になる。あまり余計なことを考えずに読んで楽しんでもらえばいいだけなんだけど、たとえば福部里志の「データベースは答えを出せない」みたいな登場人物の青いこだわり、主人公の信条とする省エネ主義なんかについて邪推されたくないような。

というか、一見テーマとなっているそれらがあまり真剣に描かれていないような気がする。なんというか、きれいすぎる。もっと感情的にドロドロしていそうなのに、あっさりしすぎているような。省エネ主義っていうのも、がんばったって無駄なんだ、みたいなあきらめの感情がベースにあるはずなのに、それが主人公から見えてこない。ネガティブな感情のない省エネ主義ってとてもウソくさくないだろうか?青春小説というと、読んでいてこっちが恥ずかしくなるような場面があったりするけれど、この作品にはそれがない。だから浅く感じる。

でもまあ別に重ければいいってもんでもないし、読んで過去の自分を思い出して悶絶するようなことなく青春小説を楽しめるっていうのは良い点だと思う。

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