評 review の RSS
評 review の静的版 とその ziptar.gz
表 top
評 reviews
称 about us
・ 全カテゴリ
  ・ フィクション活字
    ・ SF

星界の紋章

森岡浩之 (ハヤカワ文庫)

傑作(30点)
2008年7月26日
ひっちぃ

人類が宇宙に植民を始めてから久しく、もはやどこにどれだけ人が住んでいるのか分からなくなった空想世界。独自の生態系を持っていた惑星マーティンにひっそりと移り住んだ人々の子孫は、他の星系と隔絶された中で平和に暮らしていた。しかしあるとき、アーヴという特別な人類が統べる帝国が強大な武力と共にやってきて屈服させられる。緩やかな支配と引き換えに国家元首は貴族の立場を得ることに成功するが、その一人息子ジント・リン少年には数奇な運命が待ち構えていた。日本人作家による軽めの文章のSF大作。

90年代に多分ヒットし、小説は十冊以上出て今も依然として刊行中の上、WOWOWでアニメ化までされたほどだから、それなりに人気の作品だと思う。私はよく知らなかったけど面白そうだしブックオフで安く手に入ったので読んでみた。

嫌が上にも田中芳樹「銀河英雄伝説」と比べざるをえない。田中芳樹は銀河帝国を描くにあたってドイツの帝国を、自由惑星同盟はアメリカのような民主主義国家をモデルとして、実際の歴史をもとにして作品世界を構築している。しかしこの星界シリーズの森岡浩之はあとがきによると思考実験的にこれまでにないアーヴという特殊な人類による帝国を描いて見せている。遺伝子操作を好み、病気に強いばかりか外見的にも美男美女ばかり、人為的な生殖活動による特殊な親子関係、宇宙空間になじむ特別な器官を有する、戦争と交易を好むなど。危うさとオタク趣味を感じはするが、おおむねうまくいっていると思う。

アーヴってフランス語っぽい言葉を使うなあと最初思ったが、アーヴ語は作者のまったくの創作らしい。巻末にわざわざ語形変化の表まで入れている。ネタバレしないように言うと、アーヴの祖先というのが一応あってアーヴ語は祖先の言語を多少受け継いでいるらしい。確かに彼らの祖先の言語は欧米人に言わせると特殊な言語ではなく語形変化の一種になるらしい。

おっとこういう話を続けてもしょうがない。この作品の一番の魅力はやはりラフィールという少女にあるだろう。

主人公は多分ジント・リンという少年だ。この少年は冒頭の経緯により突如アーヴの貴族の一員になり、この異質な人類による帝国の読者への案内人となる。ある程度の年齢になるまで辺境で教育を受けた少年が、貴族の義務を果たすために帝国の首都にある軍の学校に入学しようと向かう。貴族には軍艦で送迎される権利があったのでその権利を利用したところ、少年は見習い士官の少女ラフィールと出会う。

どうせ目次でネタバレになっているので書くと、この少女ラフィールは帝国の皇族の一人なのだ。皇族だけで8つも王家があるので何人もいるのだが、それでも帝国の中では有名人で誰でも知っている。皇族は義務として一定の年数の兵役があるので軍隊にいる。その間は普通の軍人と同じ扱いを受ける。ひょんな偶然で出会った少年少女は仲良くなる。だが帝都への道中に幾度も危険な目に遭う。

三分冊になっており、一冊目が導入部と出会いと軍艦編、二冊目が漂着した男爵領でのいざこざ、三冊目が敵の占領下の惑星での潜伏と帰還となっている。帝国についてほとんど何も知らない新米貴族の少年と、地上世界のことはほとんど何も知らない皇族の少女が、互いに互いを必要としながらも時に意地を張ったり喧嘩したりしながら助け合って危機を乗り越えていく。

私はこの皇族の少女ラフィールの魅力にやられた。「〜であろ。」という口癖のやや高慢でわがままだけど時に素直なところ。プライドがやたら高いが仕方なく少年の言うとおりにするところ。なんだかんだでジント少年に惹かれていくところ。うーん満足。私にとってこの作品の八割はこれだろうな。

作者は作品世界を構築するにあたり、創作言語アーヴ語によるルビをフルに活用している。これがまた雰囲気が出ている。実のところこのアーヴ語がフランス語ではなくまるっきりの創作言語だと知ったときに私はちょっとあきれてしまったのだが、それから改めて考えてみたらアーヴ語が実在の言語だろうと創作だろうと作品にとっては関係ないのだと納得した。正直いくら作家だろうとまるっきりの創作を行うと絶対ボロが出るものだと思うのだが、私が見た限りではほとんど気にならなかった。作者の言語的なセンスは地味に高いと思う。「ばか」という言葉に「オーニュ」というルビを振るところとか。

言語だけでなく、世界設定とくにアーヴという特殊な人類による帝国の制度の構築にもかなりの気合が入っている。特に物語最後の上皇たちによる皇族(ラフィール)の査定会議みたいなやりとり。このへんはやはり実際の史実をある程度参考にしてはいると思うが、とても雰囲気が出ていて酔ってしまう。

ちょっと賞賛しすぎたので批判もすると、まず一番の問題点は三分冊目の惑星潜伏編での追跡劇が退屈だった。地元の刑事と占領軍の憲兵の対話は味があってなかなかよく、こういう対立軸がありながらも嫌々協力する関係というのは人間味があって面白かったのだが、最後にあっけなく破綻してしまうのがもったいない。というかこの追跡劇自体がアクションっぽさだけで物足りない。レジスタンスの面々もがんばって個性を出そうとしているみたいだけどあまり魅力を感じなかった。

二分冊目の男爵寮は最後だけあっけなく感じた。ジント少年と幽閉されている元男爵のとぼけたおやじさんとの対話はとても良かった。この作者はよく対話を使う。たまに対話にのめりこみすぎているようであまり面白くないときもあるが、概して成功していると思う。読みやすくてコンパクトで人物の魅力を引き出している。

あとがきの文章は、デビューし立ての作家が処女長編を書くにあたっての思いを正直に書いていて好感が持てるのだが、ちょっと逆効果になっているようにも思う。若干未熟な点も見られるものの、おおむね素晴らしいできばえの作品なのだから、もっとどっしりと構えて欲しかった。

なぜかちょっと宮崎駿「天空の城ラピュタ」を思い出した。冷静に比較すると大して共通点のない二作品だが、少年少女の小気味よい逃避行という点では似ていると思う。

本の表紙の絵の完成度が低い。これはかなり残念。こんな中途半端で粗悪なアニメ絵にするぐらいなら、もっと無難な絵にするかせめてもっと腕のいい絵師に頼むべきだったんじゃないだろうか。とても90年代後半の絵とは思えない。

あとこれを言うと身もふたもないが、SFである必然性はなかったと思う。近代ヨーロッパという設定でも成り立ったように思うし、もしそうならそのほうがより広く受け入れられたと思う。SFの設定とかも凝っていて面白いんだけど、少なくとも私のような読者にとってはなくてもいいぐらいの関心しか沸かなかった。

(最終更新日: 2008年7月26日 by ひっちぃ)

コメントする 画像をアップする 戻る

Copyright © manuke.com 2002-2018 All rights reserved.